2017年5月21日日曜日
ダナンの国際花火祭
2017年5月19日金曜日
ダラット旅行 その1
5月の初旬にダラットに3泊4日の旅に出ました。そのときの記録です。
第一日
ダラット市場は手前の建物がフランス人の作った市場であり、その後ろにベトナム人の作った新市場の建物がある。市場はいかにもベトナムの市場であるが、置いてある物はダナンとは多少違う。まず気づいたのはアーティチョークとイチゴである。そして干し柿。どれもこのダラットの特産品である。
第一日
ダナンを経ってプロペラのジェットでダラットに到着する。飛行機の窓から沢山のビニールハウスが見えている。
ダラットは花や野菜の栽培で有名である。ダラットの飛行場はモダンである。ここからタクシーで20万ドン、約30分の道のり。途中は高速の後、山の中の道を結構なスピードで走る。シートベルトを付けようと思ったが、このタクシーにはシートベルトが付いていない。途上国ではよくあることだ。この山道は美しい松林が延々と続く。ダナンでは見ない美しい林である。
ダラットは花や野菜の栽培で有名である。ダラットの飛行場はモダンである。ここからタクシーで20万ドン、約30分の道のり。途中は高速の後、山の中の道を結構なスピードで走る。シートベルトを付けようと思ったが、このタクシーにはシートベルトが付いていない。途上国ではよくあることだ。この山道は美しい松林が延々と続く。ダナンでは見ない美しい林である。
| ダラットパレスホテル |
ダラットのホテルは、ダラットで唯一の五つ星ホテルのダラットパレスホテルという。まさに名前にふさわしい立派なホテルだった。ただし宿泊料金はそれほど高くない。
| テラスからの眺め |
もし泊まられるなら、テラス付きの部屋をお薦めする。写真は我々の泊まった部屋のテラスから眺めたダラットの中心であるスアン・フオン湖である。ホテルはこの湖を見下ろす高台にあり、湖まで美しい緑のスロープの庭園が広がる。ダラットパレスホテル1922年に建てられた。フランス植民地時代の象徴的な建物のように思える。建設当初には両側にそれぞれ洋館が建っていたようだが、今はない。9ホールのゴルフ場も作られた。このゴルフ場は湖を挟んで反対側に今もあり、現在は18ホールに改装されているという。
| 大きなアジサイの花 |
ホテルに着いて一息着くと早速二人で街の探検に出る。ホテルから湖への階段の両側には巨大なアジサイの花が咲き誇っている。日本のあじさいの花の4倍ぐらいの大きさはありそうだ。
| ダラットの北側を見る |
スアン・フォン湖は広々とした周囲5キロぐらいの人口湖である。湖の道路沿いに3百メートルも歩くとダラットの街の中心に出る。ダラットの街は高低差がかなりある街で、中心の広場はちょうど谷の真ん中にあり、広場の両側には花売場や飲食店が広がり、谷の一番奥に当たる場所にCho Da Lat(ダラット市場)がある。
| ダラット市場前の広場 |
| 乾燥した菊の花 |
| ダラット市場の肉売り場 |
新市場の一階の肉売場は整然としている。ダナンの市場よりも数段にきれいである。新市場の2階以上は洋服や乾物を売っている。市場を覗くのは面白い。
広場の入り口にロッテリアがあった。明日からはおそらく沢山のベトナム料理を食べることになるし、ということでお昼はハンバーガーを食べる。そのあと街のなかを歩き回り、カフェなどにも入る。この街にはいったいいくつカフェがあるのだろう。
| モダンなカフェ |
明日と明後日はダラットのツアーを頼んである。あまり遅くないうちに休みたい。夕飯はお目当ての店が見つからず、ホテルの裏にあるポストカフェで食べた。これもとてもきれいな洒落た店である。このカフェはダラットパレスホテルの経営のようで、この建物も1920年代の建物らしい。夕飯は、ダラットのワインを飲み、茹でた大きなアーティチョークを食べる。うまい。ホテルに帰り夜景を楽しむ。それはお休みなさい。
| テラスからの夜景 |
2017年5月7日日曜日
東アジア生産ネットワークと経済統合
木村福成氏、大久保敏弘氏などによる慶應義塾大学東アジア研究所叢書の「東アジア生産ネットワークと経済統合」を読み始めている。昨年の5月に発行された本で、今年の初めに帰国した際に持ち帰ったのだが、ようやくゆっくりと読めるようになった。
今日から4日間、ベトナムの避暑地であるダラットに旅行する。本は持って行かない積もりだったが、この本をもっと読みたくなり、持って行くことにした。
今は第3章「東アジアの生産ネットワーク」を読んでいる。東アジアが国際金融危機や東北大震災の前後で輸出や輸入の落ち込みを詳細な統計を元に分析している。この章の図3-3が特に興味深い。中国と韓国のASEANとのネットワーク化が特に進展していることが書かれている。現地にいると実感がある。特に韓国企業のネットワーク化が大きく進んでいるように感じる。
慶應義塾出版会の同書紹介ページ
今日から4日間、ベトナムの避暑地であるダラットに旅行する。本は持って行かない積もりだったが、この本をもっと読みたくなり、持って行くことにした。
今は第3章「東アジアの生産ネットワーク」を読んでいる。東アジアが国際金融危機や東北大震災の前後で輸出や輸入の落ち込みを詳細な統計を元に分析している。この章の図3-3が特に興味深い。中国と韓国のASEANとのネットワーク化が特に進展していることが書かれている。現地にいると実感がある。特に韓国企業のネットワーク化が大きく進んでいるように感じる。
慶應義塾出版会の同書紹介ページ
2017年5月6日土曜日
長い停電
今朝は5時頃に起きた。電気をつけようとしたらつかない。停電である。どうもヤバいなと思い、冷蔵庫は開けないで、常温のペットボトルから飲む。いつもの海岸コースを走り、海岸カフェで冷たいコーヒーとお茶を飲み、6キロを走って(一部は歩きだが)帰宅する。7時頃だがまだ停電している。日経を読もうとタブレットのスイッチを入れるとインターネットが通じていない。それはそうだ。無線ランのルーターも止まっている。シャワーを浴びるとちょろちょろしか出ない。ベトナムの水道は供給する水圧が低いので、各家のポンプで汲み上げている。だから電気が止まると家の水道も止まってしまう。
インターネットは携帯のテーザリングを使ってつなげる。日経を読み、WSJにも目を通していると、家内が洗濯物を抱えて階段を下りてくる。「停電だね。」「今日は長いな。」とあまり驚いた様子もない。たしかにベトナムでこんなことで驚いていたらやっていられない。
冷蔵庫はできるだけ開けないことにして、買ってあったマンゴーとパッションフルーツ、コーンフレークに冷蔵庫から大急ぎで出したミルクをかけて朝飯。
トイレの水も流れない。これは玄関脇の池の水を汲んでトイレに置いておき、これを流すことにしよう。「金魚さん、ごめんなさい」と言いながらバケツで水を汲む。まあ深い池なので、多少汲んでも問題はない。我が家はたまたま池があるのでよいが、無ければ大変だ。「こんな時のために池があるのかしら。」と家内。まあそれだけではないだろうが、確かに助かる。
福禄園の真ん中の公園の向かいの家からは自家発電器らしいガソリンエンジンの音が朝から響いている。
8時半になっても復旧しない。7時半頃から家の窓は開けっ放しにしている。風が通らないとやっていられない。今の気温は31度。今日は天気もよいし、34度ぐらいまで上がるだろう。
「熱中症に注意しようね。」と家内と話す。彼女は朝、髪の毛を洗う積もりだったが洗えない。
さていつ回復するものか。熱中症だろうか、もう意識がボーッとしてきた。
9時10分、あっ電気が戻った。!!!!
インターネットは携帯のテーザリングを使ってつなげる。日経を読み、WSJにも目を通していると、家内が洗濯物を抱えて階段を下りてくる。「停電だね。」「今日は長いな。」とあまり驚いた様子もない。たしかにベトナムでこんなことで驚いていたらやっていられない。
冷蔵庫はできるだけ開けないことにして、買ってあったマンゴーとパッションフルーツ、コーンフレークに冷蔵庫から大急ぎで出したミルクをかけて朝飯。
トイレの水も流れない。これは玄関脇の池の水を汲んでトイレに置いておき、これを流すことにしよう。「金魚さん、ごめんなさい」と言いながらバケツで水を汲む。まあ深い池なので、多少汲んでも問題はない。我が家はたまたま池があるのでよいが、無ければ大変だ。「こんな時のために池があるのかしら。」と家内。まあそれだけではないだろうが、確かに助かる。
福禄園の真ん中の公園の向かいの家からは自家発電器らしいガソリンエンジンの音が朝から響いている。
8時半になっても復旧しない。7時半頃から家の窓は開けっ放しにしている。風が通らないとやっていられない。今の気温は31度。今日は天気もよいし、34度ぐらいまで上がるだろう。
「熱中症に注意しようね。」と家内と話す。彼女は朝、髪の毛を洗う積もりだったが洗えない。
さていつ回復するものか。熱中症だろうか、もう意識がボーッとしてきた。
9時10分、あっ電気が戻った。!!!!
2017年5月5日金曜日
2017年5月3日水曜日
ベトナムとタイの貿易
このところ研究の方では専らベトナムの国際収支などを研究している。まだなかなかアウトプットには結びつかないが、面白くて仕方がない。さてメモ代わりに。
ベトナムに住んでいるとタイからの製品輸入が多いことに気付く。堀江正人氏の以下のレポートのなかに、タイのASEANにおける工業国としての地位が高まっているという記述があった。自分の実感とも重なる。
堀江正人(2016)「「タイ経済の現状と今後の展望~ 短期的には危機の可能性小だが、中長期的には停滞の懸念もあるタイ経済 ~」、三菱UFJリサーチ&コンサルティング・ウェブサイト、(accessed on May 3, 2017)
http://www.murc.jp/thinktank/economy/analysis/research/report_160530.pdf
ベトナムに住んでいるとタイからの製品輸入が多いことに気付く。堀江正人氏の以下のレポートのなかに、タイのASEANにおける工業国としての地位が高まっているという記述があった。自分の実感とも重なる。
堀江正人(2016)「「タイ経済の現状と今後の展望~ 短期的には危機の可能性小だが、中長期的には停滞の懸念もあるタイ経済 ~」、三菱UFJリサーチ&コンサルティング・ウェブサイト、(accessed on May 3, 2017)
http://www.murc.jp/thinktank/economy/analysis/research/report_160530.pdf
堀江氏の記述の一部を以下に引用する。
「2000 年代までは、タイにとって ASEAN 域内最大の輸出相手国はシンガポールであった。シンガポール向け輸出 品目のトップは、2000 年代半ばまではハードディスク関連機器であったが、その後は、石油精製品がトップを占 めている。他方、2000 年代以降になると、シンガポール以外の ASEAN 諸国への輸出が急激に増えている。これは、 AFTA(ASEAN 自由貿易地域)創設に向けた CEPT(共通効果特恵関税)の引下げが 2002 年以降推進されたことを追 い風とするものであった。2002 年以降の ASEAN 域内向け輸出で、特に、マレーシア、インドネシア、ベトナムへ の増加ぶりが目立っている。 マレーシアとインドネシア向けの輸出における最大の品目は自動車部品であり、タイが ASEAN 域内自動車生産 ネットワークのハブとなっていることがうかがえる。他方、ベトナム向け輸出における最大の品目は石油精製品 であり、また、フィリピン向け輸出における最大の品目は乗用車である。こうした状況は、ASEAN の経済統合が 進む中で、工業国としてのタイの位置付けが、域内で不可欠のものとなり、しかも、その存在感がどんどん高まっていることを示すものと言えよう。」(同レポートの15ページ)
同レポートの15~16ページにはタイの対ASEAN貿易についてのグラムが載っており参考になる。これを見るとベトナム向けの輸出は最も高率の伸びを示している。
フエ旅行 その(3)ハイバン峠を越える
今回のフエ旅行では、そのハイバン峠の峠道を車で通ってみたいと思った。というのは、以前に、第一級のベトナム研究者であるS先生からハイバン峠からみた景色のことを聞いており、絶対に訪れたいと思っていた。
ハイバン峠はベトナムの南北を分ける峠のようだ。今は日本が支援した峠の下を抜けるトンネルのおかげであっという間にフエ側に出られる。そんな峠があったことすら忘れそうである。
朝9時半にホテルを出る。1時間半かかってハイバン峠の入り口に差し掛かる。ハイバントンネルへの道から分岐して旧道に入るとすぐに山道になる。少し上ったところにすばらしい景色の広がる場所がある。数台の車やバスが止まっているので、我々の車にも止まってもらい、しばしの休息。美しく雄大な景色である。ハイバントンネルから下がる自動車専用道の大きな橋が川を渡っている。向こう岸から海岸に向かって白い砂浜が続く。川は今は満ち潮らしく、真っ青な水が逆流しているのが分かる。対岸の緑のなかに町が広がる。
しばし景色に見とれていると、100メートルほど道を下ったところの遮断機が下りている。気が付かなかったのだがどうも踏切がある。しばらく待つと貨物列車がやってきた。ベトナムの鉄道では列車の本数はきわめて限られている。これは珍しい。カメラを構える。
再び車に乗り、いよいよハイバン峠に向かう。急峻な斜面に細い2車線の道がうねうねと続く。よくこんな道を造ったものだと思う。箱根の山の道のようだ。この狭い道が南北を結ぶ交通路だったとは驚きである。
左側は絶壁といってよいほどの斜面である。
こんな道をかなりの時間走るとようやく峠に着いた。驚くほどの人がいる。観光バスや車がかなり止まっており、茶店や土産物屋が数軒店を開いている。我々も運転手の止めた茶店に入り、一服する。道の反対側にかつての見張り台やトーチカもある。そちら側に渡ってみる。見張り台は煉瓦づくり、トーチカはコンクリートである。産業遺産というよりは軍事遺産という方がよいのだろうか。
いつの時代のものかは分からない。煉瓦の方が古いのだろう。M先生はトーチカは日本軍が造ったものではないかという。なるほどそんな気もする。
煉瓦づくりの見張り台からはダナンの街がよく見える。モヤがかかっており、ソンチャ半島はあまり見えないのが残念だが、天気だけはしょうがない。日本だったら立ち入り禁止になりそうな危ない場所もあるが、こちらの人は気にもしない。私は高い場所では平衡感覚に自信がないので早めに降りる。足下には色々な花が咲いている。これは撮影。
もとの茶屋に戻るとM先生がバナナが食べたいという。1本2万ドンという破格の高い値段でバナナを一本買い、彼は車のなかで食べたが、あまい香りが車のなかに漂った。
そのあと、ソンチャ半島に向かった。樹齢1000年という気を見たかったのだが、場所がはっきりせず、しばらく歩き回ったが、これはまたはということで海岸の海鮮料理屋へ。我々は二度目の店で、前回よりも貝が小さかったがカニは逆に大きかった。ここの店の海鮮は鮮度がよく、運転手も入れて4人は大いに満足する。
最後は我が家のあるフク・ロク・ビエンの団地に来てもらい、ここで一服し、M先生とはお別れした。
とても楽しい3日間でした。
ハイバン峠はベトナムの南北を分ける峠のようだ。今は日本が支援した峠の下を抜けるトンネルのおかげであっという間にフエ側に出られる。そんな峠があったことすら忘れそうである。
| 眼下にランコー湾が拡がる |
| ランコーの街 |
| 貨物列車が通過 |
| ハイバン峠の説明図 |
左側は絶壁といってよいほどの斜面である。
| ハイバン峠の門 海雲閣と漢字で記されている |
| 生々しい銃撃のあと |
いつの時代のものかは分からない。煉瓦の方が古いのだろう。M先生はトーチカは日本軍が造ったものではないかという。なるほどそんな気もする。
煉瓦づくりの見張り台からはダナンの街がよく見える。モヤがかかっており、ソンチャ半島はあまり見えないのが残念だが、天気だけはしょうがない。日本だったら立ち入り禁止になりそうな危ない場所もあるが、こちらの人は気にもしない。私は高い場所では平衡感覚に自信がないので早めに降りる。足下には色々な花が咲いている。これは撮影。
| ソンチャの大木 |
| 若い人がトーチカに乗って遊んでいる |
そのあと、ソンチャ半島に向かった。樹齢1000年という気を見たかったのだが、場所がはっきりせず、しばらく歩き回ったが、これはまたはということで海岸の海鮮料理屋へ。我々は二度目の店で、前回よりも貝が小さかったがカニは逆に大きかった。ここの店の海鮮は鮮度がよく、運転手も入れて4人は大いに満足する。
最後は我が家のあるフク・ロク・ビエンの団地に来てもらい、ここで一服し、M先生とはお別れした。
とても楽しい3日間でした。
| おいしいハマグリ |
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