2017年10月30日月曜日

タイヤ屋の親父と私の初めての会話

 福禄園のそばにタイヤ屋がある。大きなトラックのタイアを取り扱っているが、どうも中古だけを取り扱っているらしい。しょっちゅう大型のトラックが前に止まっており、タイヤを外している。店は古い工場跡地にバラックを建てたような建物である。店は簡単なバラックなので、さびたトタンなどで囲っている。
 このタイヤ屋に3匹の犬がいる。この犬が前の歩道を我々が歩くとワンワンと吠えて出てくる。我々が歩道の上を歩いているとまるで飛びかからんばかりだが、歩道の外の車道を歩く分には歩道からは出てこない。最初は我々も驚いたが、今では慣れて歩道の外の車道を数十センチ離れて歩けば安全と分かって歩いている
 週に二度、三度はこの道を歩いてマーケットに行くので、店の人たちも慣れてきて我々が通ると「ハロー」と声をかけてくるようになった。
 昨日の朝、この道を私が一人で散歩していると店のオーナーとおぼしき男が大きなタイヤを前に馬鹿でかい金槌を持って作業している。こちらの顔を見て、その金槌を持って通りに出てきた。こちらの顔を見るなど、「ハーワーユ」と英語で言う。以下のような会話が続いて。
男:ハーワーユ?
私:ファイン
男:ハーワーユ?
私:ファイン。(どうも話が合わない。)そこでベトナム語で、「私は日本から来た。」
男:ハーワーユ?、ハーワーユ?
私:?
男:(顔をゆがめながら)ハーワーユ?ハーオーワーユ。
私:(あ、分かった。ハウオールドアーユーだったのか。)、アイアム66。(ついでにベトナム語で)私は66歳。(これぐらいは言える)。
男:(満足げに、ベトナム語で)私は50歳だ。
私:(英語で)お前は若い!

ということで我々の会話は終わったが、お互いに会話が出来たことは間違いない。彼の顔は赤銅色に焼けており、なかなか精悍な顔である。そして金槌、何という重さだろう。持っただけで私の右腕はすでに重さで震えている。とてもこれでモノを打つことはできない。さすがに彼は鍛えられている。
 明日からも彼の店の前を通る。これからも挨拶をしよう。もし出来れば彼と記念撮影をしたいものだ。犬よもうあまり吠えるなよ。私はお前の主人の友人なのだ。


2017年10月22日日曜日

ようやく涼しくなってきたダナン

 (先週16日に書いたものです、ちょっと遅れましたが。)
 今日の朝は美しい雨雲の観察出来る朝。夜半には雨が降っていた。昨日から夜寝るときに窓を小開けにして寝ている。窓は高いところにあるからコソドロが入る危険はなさそうだ。特に福禄園は団地の入り口ゲートに監視員が居て一応隔離された環境にあるので安心である。カーテンを開けてしまうと、隣の街灯のために多少明るいが、外気の入ってくる気持ちの良さが眠りの質を高めてくれるようだ。
 朝5時頃に目が覚める。窓からの涼しい風が心地よい。朝の気温は26度ぐらいになっているだろうか。買い置きのバナナを一本食べ、そしてベトナムコーヒーを飲む。そして6時からジョッギング。
 日課にしている3キロメートルぐらいのジョッギングをすると汗びっしょりになるのがダナンである。気温以上に高い湿度が効いているのかもしれない。ダナンの10月はよく雨が降る。有り難いのは夜の間、特に明け方に降るので、雨期という割には日中は曇りや気持ちのよい晴れ間が広がることが多い。 
 8時の朝食まではクーラーは入れないが、さすがにそのころになるとスイッチを入れる。気温もさることながら、湿度が高い。除湿をしないとカビが生えたりするので、クーラーを入れる。
 授業のある日は遅れぬよう大学にはタクシーで通うことが多い。大学まで乗っても4百円であるから安い。帰りは定期券を使って市バスで帰ってくる。ダナンの市バスは20分おきで運行し、その時間もかなり不安定なのでかなりの時間、バス停で待たされることもある。真夏はこれは大変な苦行である。近くの木の陰で太陽から逃げ回っていた。ところが、今はバス停のベンチに座って待てる。太陽が出ていると日焼けはするが我慢はできる。
 授業が引けると家に帰ってのんびりとして4時頃から午後の運動をする。朝のようなジョッギングはできないが、2キロから3キロを歩く。ダナンは海と川に挟まれた街である。海からの風が気持ちよい。日本の秋とはまったく異なる景色である。街路樹はほとんど常緑である。真夏は花が少なかったが、これからは火炎樹やイエローシャワーが花を咲かせていく。
 12月になるとダナンの最低気温は22度ぐらいまで下がる。その時期は太陽はほとんど出ない。毎日、空は雲で閉ざされている。しかも暑さに慣れた体には22度から25度の気温は恐ろしく寒く感じる憂鬱な季節になる。
 その前に10月の涼しさをエンジョイしておこう。

銀行のATMは現金ショップー現金切れも驚かない

 昼にATMで現金を引き出しにいったら、キャッシュカードを家に忘れてきたことを思い出した。家に帰って家内に「現金ショップに行ったのだが、カードを持って行くのを忘れたので帰って来た。」話して、家内に笑われた。でも家内に、「『現金ショップ』って結構言い得てる」と二人でもう一度顔を見合わせて大笑い。
 日本の銀行であればATMに現金を引き出しに行って、現金が下ろせなければ顧客は怒るだろう。ベトナムでは私の住む福禄園脇のビエトコム銀行の支店には2台のATMが置かれている。このATMがくせ者である。一台は古くて画面がよく見えない。しかしそれは日本でもありうる。
 もっと凄まじいのは、現金を下ろしに行くと「ATMに障害があります」あるいは「このATMは現金がありません」と堂々とメッセージが出て下ろせないことが頻繁にある。しかも2台とも動かない。こんなことがあったら、日本であれば銀行は新聞で散々叩かれると思うが、この国では誰も驚かない。こちらの銀行は2時間ほど昼休みがある。昼休みや閉店後であると、「しょうがない」という顔をして皆帰って行く。しかも私が口座を開いているビエトコム銀行はベトナムでもっとも信頼されている4大商業銀行の一つである。よく銀行業界全体が取り付け騒ぎにならないものである。
 そこで私の「現金ショップ」という言葉が無意識に出たのかもしれない。ショップなら品切れはあり得るだろう。ベトナムのATMは現金が切れているときは商店の品切れと一緒である。日本の銀行ではそんなことは許されないだろうが、ベトナムでは銀行もそんなものと庶民は考えているのかもしれない。私も無意識にそう考えて「現金ショップ」になったのかもしれない。

2017年10月21日土曜日

「鳥羽美花、ベトナム・ミクロコスモスの世界」美術展

「鳥羽美花、ベトナム・ミクロコスモスの世界」美術展がダナンのチャム美術館で20日から11月12日までの予定で開催された。
 20日の午後5時半からオープニングセレモニーがあり、家内が着付けを担当したご縁で我々もセレモニーに出席をさせていただいた。家内も張り切って前日には鳥羽さんと打ち合わせ、当日も早い時間に着付けをしていた。
 鳥羽さんは型染めの技法を使い、建仁寺の大きな襖絵などとても立派な作品を手がけておられる。1990年に初めてベトナムを訪問され、それ以来、ベトナムの風物を主題に多くの作品を創出され、すでに5回の美術展をベトナム各地で開催されている。今回は6回目の展覧会だが、APECのダナンでの開催を記念されて当地での開催となった。
 チャム美術館は奥の建物が改装され展示物も増えていたのだが、今回の美術展では改装された会場がいっそう華やいで見えた。
 オープニングセレモニーにはダナンの人民委員会の代表やベトナム美術界の要人も来られており、大変な盛会だった。
 翌日のベトナム語の新聞や英字新聞にもにも鳥羽さんの記事が数多く掲載されており、大きな反響が合ったことが分かる。数多くの作品のなかでホイアンの絵をトップに出している新聞が多かったことだ。ベトナムの人に訴える物があるのだろう。
ベトナム語での記事の一つ
英語での記事の一つ
 APEC開催中にはAPEC参加国の多くの人々がダナンの代表的な美術館であるチャム美術館を訪れるだろう。そしてベトナムの風物を描いた日本人芸術家の作品にも触れてもらえる。有り難い話しである。
 家内の着付け技術のおかげで我々も鳥羽さんと一緒に写真を撮ることができた。こんな機会を作っていただいたプロジューサーのWakayamaさんありがとうございます。

2017年10月18日水曜日

ジャックフルーツの解体

 我が家の庭にはジャックフルーツの木が3本ある。その一本に今年は大きな実が3つも実った。既に二つは食べたのだが、3つ目を一昨日、庭師さんが切ってくれ、「2日ほど置いたら開けて食べて下さい」と言って庭のテーブルに置いていった。
 このところ授業の準備も忙しく、放っておいたら、今朝、彼が来てくれ二人で開けることになった。ジャックフルーツの解体は2度ほどやって、大変なのが分かっていたので、これは助かった。
 とにかく大きな実で長さは60cm以上、重さはなかなか持つのが大変である。これを我が家の二人だけではとても食べられない。おじさんに我が家は6分の1でよいからと話して、彼を何とか説得し、残りは彼に持って行って貰うことにした。
 さてその上で解体に入る。実は大きなテーブルの上に段ボールを敷いて「まな板」の代わりにする。ジャックフルーツの樹液は大変に粘性があり、いちど何かに付くとなかなか落とせない。いつまでもベタベタしている。実からは大変に甘い香りが既に漂っている。
 庭師はまず実を上から3分の1ぐらいで輪切りにする。その上で、今度は小生がその上の部分を半分に縦に切る。そして庭師が真ん中の芯を切り取り、最後は私が手で実を掘り出していく。食べられる実の塊は長さ10センチ位の細長いテープの集合体のなかに埋もれているので、それを探してテープの中から掘り起こすように取っていく。 庭師が上手に切っておいてくれたので、今回はとても掘り出しやすい。前回自分でやったときは死ぬ思いだった。
 そして取り終えた実がサラダ用の深い皿に一杯になる。自分では5つも食べたら、もう腹一杯である。今日の午後は家内の授業があり、一緒に出かけて大学の国際部のベトナム人の皆さんに届けたら、大変に喜んでくれた。
 最後にノウハウを一つ。ジャックフルーツの樹液は大変に粘性が高い。実を切った包丁もアクでドロドロになって始末に負えない。庭師はガソリンで洗えというが、包丁はガソリンで洗いたくない。私の編み出した方法は、1)ハンドソープで一度よく洗う。ただしこれだけではなかなか落ちないので、スプーンでソープと一緒にそぎ落とす。2)残ったアクには沸騰したお湯をかけると嘘のように落ちる。

2017年10月16日月曜日

学生の研究発表

今日は開発経済学の学生発表、ブラジルの経済発展について。発表の仕方と言い、英語といい、感激。なかなかベトナムの学生もやりますな。







ベトナム学生の英語力はかなり上がっています。特に今日のグループのレベルは高かった。日本人学生も大いに頑張って欲しいですね。

終わった後で、学生諸君と記念撮影。よい記念になります。再来週からは毎週、学生諸君の発表が続きます。

学生発表のやり方は以下のページを見て下さい。
開発経済学の学生発表

熱帯モンスーン気候の川の色

ハン川には美しい橋が架かる
ダナンの街はハン川を挟んで東と西に分かれている。東側はソンチャ半島に向かう砂州が長く高くなったような地形で、西側はラオスとの国境までの山までの幅の狭い平野という感じである。
  ハン川は大きな川である。感覚的には大阪淀屋橋付近のようである。そこに観光船が上り下りし、あるいは漁船が錨を休めている。美しい景観である。夜はネオン、観覧車と橋のライトアップが美しい。
乾期のハン川の水は青い
このハン川の水量は雨期と乾期でかなり変化する。雨期と乾期の差は少なくとも3メートルぐらいはあるだろうか。乾期には水が減り川辺の土が見えるが、雨期にはもう少しで水があふれるのではないかと思うように水量が増える。 
 3月から9月頃までの乾期にはハン川の水の色はやや青みががった土色だ。10月以降の雨期になると一晩で100ミリ近い雨が降ることがある。するとハン川の色は濁った土色一色になる。大量の土砂が上流から流されてくるのだ。
 先日、クボタ(株)のウェブサイトを見ていたら、Kubota Urbanという情報誌のページがあり、農業などに関係ある地学などの研究資料を見つけた。この雑誌は今は刊行されていないようだが、そこに東南アジアの地形と気候についていくつかの研究報告があった。そのなかになるほどと納得させられる記事があった。
 「東南アジアの地形・地質ー大陸棚を中心に」という東南アジア研究所におられた高谷好一先生の寄稿であるが、そこに熱帯雨林気候と熱帯モンスーン気候の差が述べられている。
16年11月のハン川、雨期が遅かったが、すでに濁っています
熱帯雨林気候では毎日スコールが降る。毎日少しずつ降るのと木の根が張っているので本来の熱帯雨林は土砂が流れない。葉はたくさん落ちるので腐植はたくさん流れるが、泥の粒子は含まないので熱帯雨林気候の川は澄んでいる。
 熱帯モンスーンでは乾期と雨期がある。これは熱帯収束帯が季節により北上したり、南下するために起こるが、乾期にはほとんど雨が降らず、逆に雨期には大量の雨が降り続く。このため大量の土砂が川に流れ込む。熱帯モンスーン気候では川は土色である。これは大量の土砂が流れ込むためである。
 ハン川の色にも学ぶことがある。また一つ新しいことを学んだ。